博士の民間企業への就活

 

博士の民間就職の実情

 博士取得者の就職先の1つとして「民間企業の研究職」がある.研究開発に力を入れている一部メーカーは,数こそ多くないものの一定数の博士学生を採用しているのだ.ただし,この場合の博士とは高度な専門知識を有する工学,理学,農学といった理系博士のことであり,文系博士のことではない.(文系博士の民間就職は,正直なところ闇が深い.)これらの理系博士は,ある特定領域における研究のスペシャリストであるために,企業とのマッチングによっては就活が非常に有利になる.

 例えば「腫瘍免疫」の研究を行っている学生は,製薬メーカーの研究職として採用される可能性があるだろう.しかし,同じ博士学生でも「深海生物」の研究をしている学生を研究職として採用したいという企業は,おそらくどこにもいない.学生本人の研究スキルの問題ではない.扱っている研究テーマが,企業としての魅力的かどうかの問題である.残念なことだが,ビジネスとして成立しない研究分野に企業は投資をしてくれない.上の例でいうといくら「深海生物」に詳しくても,その知識を活かしてお金儲けができなければ,企業は採用してくれないということである.博士取得後に民間企業での研究職を目指すのであれば,博士過程で扱う研究テーマが,「企業から見て投資価値があるかどうか」を気にした方がいいだろう.さもないと就活でとても苦労することになる.

博士の就職活動について

 博士の就職活動は,意外にも学部生や修士卒の学生がする就職活動とそんなに変わらない.普通に就活サイトの会員登録もするし,企業のホームページからプレエントリーして,エントリーシートを作成し,SPIなどをこなしながら,面接を受けることになる.二十代後半にもなって「学部生時代に部活は何をしていましたか?」「学生時代に一番打ち込んだものはなんですか?」みたいな質問に答えなくてはいけない悲しさといったらない.一体何年前のことを聞きたがっているんだ...

  そもそも博士学生を採用してくれる企業は多くない.しかも採用人数も多くない.企業にもよるが,同期入社の研究職の中に博士学生が1人いるなーぐらいな感覚だ.博士を採用する気がない企業にエントリーシートを出しても,ひたすら落とされ続けることになる.毎年コンスタントに博士学生を採用してくれている実績のある企業を選ばなければならない.

 企業によっては,博士学生の募集タイミングが他の就活生よりも早かったりするので,学部生や修士生と同じタイミングで就活を始めると,どこもすでに博士募集を終えているなんてこともあるので注意が必要だ.特に,博士学生は就活をする同期が周りにいないことが多く,情報を共有できる相手がいないためにこんなことが起きやすい.

 博士学生の就活で一番辛いのは,研究と就職活動の両立である.研究時間を確保しなければならない一方で,いつ決まるかは分からない就活を続けるのは正直いって辛い.研究成果を出さなければいけないプレッシャーは,学部生や修士生の比ではない.

企業での博士学生の待遇は? 

 博士に対する待遇も企業によってまちまちだ.どちらかといえば中小企業よりも大企業の方が,博士学生の待遇がしっかりしている.基本的には博士学生の方が修士卒よりも基本給が高く,職務等級も上になることが多い.いただし一部の企業では,博士学生が新卒ではなく中途採用扱いだったりすることもある.こういう企業はそもそも博士学位があるかどうかをそれほど評価していない.「前職は大学の研究員だったんですねー」みたいな感覚なのだろう.修士学生を募集していたけど,人数の兼ね合いから博士学生が採用されるケースもある. 

民間企業から求められる博士の能力

 民間企業で研究職として働く博士に求められる能力は,主に「専門知識」と「研究推進力」の2つである.この2つが修士学生と同レベルな博士学生は間違いなく採用されない.修士学生の方が高い給料を払わなくて済むし,若いうちから社内で育てることができるからだ.博士が博士たるこの2つの能力は,博士の間にトレーニングしておきたい.しかし難しいところは,どれだけ優れた「専門知識」を持っていても,企業がその専門性に投資価値を感じてくれないこともあるということである.この点は,博士の採用に非常に重大なポイントになるだろう.

ここだけの話,実は博士学位を取得できなくても...

 正直,民間企業は「博士学位」の有無をそこまで重視していない.それも考えてみれば当然で,仕事のできるできないが博士学位の有無によって決まることはないのである.大学では1人ずば抜けた研究能力だけあれば評価されるかもしれないが,企業ではプロジェクトメンバーとコミュニケーションをうまく取り,他部署と足並み揃えて連携していく能力の方が評価されるかもしれない.

 しかし,逆にいえば採用する博士学生が,学位を取得するかどうかにあまり関心がないということである.博士を採用する企業は「入社する前までに学位取得すること」と定めていることが多いが,実際に学位を取得できなくても内定が取り消されることはほとんどない*(給料が下がることもほとんどない).企業は毎年,新入社員を何人採用するかある程度決めている.学位取得できなかった博士学生のせいで,入社直前に新入社員が減るのは企業としても困るのだ.

 つまり,極論を言ってしまえば「博士学位を取得したけど就職先が決まっていない人」よりも「博士学位は取得できなそうだけど就職先は決まっている人」の方がよっぽどマシなのである.博士学位を取得できなくても,博士に3年間在籍していれば「博士課程満了」という扱いになる.学位に強いこだわりがなければ,内定をもらって博士課程を満了すれば,良い悪いはともかくとして大学院を卒業できることになる.

* あくまで内定が取り消されることが少ないというだけの話であって,学位取得することを前提に採用されているわけなので.学位取得できなそうなら早めに,採用担当とよく相談した方がいいのは間違いないですけどね.