博士を取得者の就職先

 

博士の働き場所

 大学で博士号を取得した人たちは,その後どこで働くのだろうかか? それなりの研究業績を残してきた人達なのだからきっと良い働き先があって,高給取りになるのであろうと思うかもしれない.しかし現実はそんなに甘くはない.博士卒よりも4年制大学卒の方が,はるかに働き口を見つけるのは楽であろう.研究に打ち込んできた30歳近い人材が活躍できる場はそれほど多くはないのだ.そんな中でも,博士の働き先をいくつか紹介してみたいと思う.

1.アカデミックポジション

 一番想像しやすいのがこの仕事であろう.「アカデミックポジション」とは,大学で働く助教講師准教授教授のような職業のことを指す.研究者にとって最もやりがいのある仕事であるといっても過言ではないだろう.大学教員として学生を教育する立場でもあり,社会からも尊敬される仕事である.働ける人数が限られているために競争が激しく,それなりの研究業績(論文数など)がある人でないとこの仕事に就くのは難しい.しかし,研究業績よりも重要なのが卒業した研究室の教授の政治力である.ごく少数の人間が集まって構成されるアカデミック社会というのは,どうしても「コネ」がモノを言う狭い世界なのだ.

 一度このアカデミックポジションに就くことができたら,一般的にはそうそうクビになることはない.よほど酷くない限り,うだつが上がらない万年助教でもなんとか食っていけるだろう.一般的にそれほど悪い給料ではないが,大手企業の研究職の方が高い場合もある.裁量労働制であるため,どれだけ長く働いても給料が上がるわけではない.研究業績のために長時間働く人の場合,時給換算ではブラック企業並の労働条件になることもある.ただし,自分の好きなことを自分のペースで研究できるために,それほど精神的には苦しくないかもしれない.

2.ポスドク

 「ポスドク」とは日本語で「博士研究員」と呼ばれ,博士号取得者が,大学の研究室に雇われて就く仕事である.少しきつめの言い方をすれば,アカデミックポジションのイス取りゲームには負けたが,大学に残って研究をしたいという人達が就く仕事である.ただ,博士取得後にすぐ助教になれる人はごくごくわずかであって,ポスドクとして数年間働くことはむしろ普通のことである.ポスドクは,助教授とは異なり大学の授業や研究室の運営といった仕事がない.そのため,何にも邪魔されることなく労働時間のほとんどを研究に費やすことができる.国内だけでなく,海外の著名な教授の元にポスドクとして働きに行く人も多い.逆に,日本にもアジアをはじめとする大勢の外人研究員が,ポスドクとして来日している.

 ポスドクは,ほとんどクビにならない助教とは異なり,とても不安定な職業である.雇用契約期間は通常1年〜2年でその処遇は,民間企業の派遣社員と変わらない.契約期間中に,雇い主である教授が満足する研究業績を残せなければ,最悪1年でクビになるということもありうる.高齢になればなるほど次のポスドク先を探すことが難しくなるため,アカデミックポジションが得られない場合,この不安定な生活が続いてしまうことになる.

3.民間企業の研究員

 そもそも大学に残らずに,民間企業に就職するという手もある.大学だけが研究者の生きる道ではない.化学,製薬,食品,機械といった大手メーカーでは大抵,自社製品の研究開発を行う施設を持っているため,研究職として博士取得者を採用しているところが多い.大企業であればあるほど,研究規模が大きく専門知識が重宝されるため,博士の採用数は多い傾向にある.企業が実施している研究と,博士取得者の研究がマッチしていると特に採用されやすい.一方,中小企業では,修士卒・学部卒を社内で教育・訓練する傾向が強いため,30歳近い年齢の博士は採用され辛い.また,企業で行う研究は大学の研究とは異なり,利益を追求する研究である.そのためいくらサイエンスとして面白い研究テーマであったとしても,事業として採算が取れない研究を行うことはできない.この点が自由に研究テーマを選べる大学と大きく異なる.

 民間企業に就職することができれば,一般的なサラリーマンと同様に会社が経営難にならない限り,職を追われることはない.研究分野の切り離しなどがあれば話は違ってくるが,ポスドクのような雇用期限があるわけでもない.大手企業に就職することができれば,将来に不安を感じながら生活することもないだろう.

 4.その他

 そのほかの博士の就職先としては,大学以外の学校教員,都道府県の専門職公務員(水質調査,森林管理など),ベンチャー企業などがある.これらの職業の業務内容は,研究そのものとは直接関係がない.本人が望んでこのような企業に就職することもあるが,研究職として働きたくても働けないためにこのような職についている人もいる.それだけ研究者としての職探しは難しく,博士を取得したからといって研究で生活していけるわけではないのである.ただ,本人が望むにしろ望まないにしろ,博士人材が社会に必要とされ,活躍の仕方が多様化していくことは,とても良いことだと個人的に思う.

 例外として…

 これまでは博士の就職先について書いてきたが,はっきりいってもう働くことができたらもう万々歳である.博士取得者(正確に言えば博士取得前に就職先を探さなければならないので博士取得予定者)の中には,就職先が見つからず研究にも興味をなくして音信不通になってしまう人が結構多い.僕の身近にも結構大勢いる.博士を取得することだけが目的になっている人は特に要注意かもしれない.博士を取得してからの人生の方が長いのだから…