後輩のエントリーシートを見た時の話

 

 先日,就職活動をしている研究室の後輩と会った時に,エントリシート(以下ES)の作成についての相談を受けた.どうやらESの通過率が,研究室の同期に比べて明らかに悪いというのである.同期がES通過率6〜7割程度であるのに対して,後輩はいいとこ2割程度らしいのだ.

 

そこで後輩のESを見せてもらうことにした.少し前の記憶なので多少内容はあやふやだが,以下のような感じであった.

 

「私は責任感の強い人間です.どんな仕事も最後まで諦めずにやりきる強い気持ちを持っています.学部生時代には結婚式場で,バイトリーダーをしていました.バイトリーダーは他のバイトをまとめる役割を持っており,責任ある仕事です.結婚式の当日にミスを起こさないように,メンバーの指導や事前準備を入念に行いました.この経験を生かして御社で働きたいです.」

 

このESを初めて読んだ時の率直な感想は,「結婚式場でバイト経験がない僕でも書けそうだな」「居酒屋のバイトでも同じ文章が書けそうだな」というものだった.自己PRと言いつつも,その人にしか書けないような個性を感じなかったのである.このESからは,僕がよく知る後輩を想像することができなかった.何かESのテンプレートに当てはめて作成しているために,どこかPR内容が没個性的になっているようであった.

 

僕は人にアドバイスをできるような就活に詳しい人間ではないのだが,後輩に対してESについていくつか質問してみた.

 

「なぜこのバイトを始めたのか?」

「バイトをして学んだことって何?」

 

これに対して後輩の答えは,

 

「最初はバイト代がよかったから.でも始めてみると,一生の思い出ができる場所なのでミスが許されないという厳しい仕事だということに気づいた.」

「ミスをしないために準備する大切さを学んだ.あと一流のプランナーさんの仕事のぶりを身近で見ることができた.」

 

なるほど,少しだけ後輩の個性を感じる返答を得ることができた.後輩とさらにいくつかの質問を交わして,一緒にESを書き直すことにした.それが次のようなものである.(これも記憶があやふやなので,大体こんな感じという文章だけど...)

 

「私は責任感のある人間です.私は学生の頃,結婚式場でバイトをしていました.結婚式場というのは,式の出席者にとって一生の思い出が作られる場所であります.そのような場所で働く以上,バイトといえどもミスは許されず,絶えず緊張感を持って仕事をしなければなりません.私はこの経験から,責任感をもって仕事をやりきる大切さを学びました.」

 

どうだろうか.これで完璧というわけではないけれども,最初のESよりはその人らしさを感じさせるESになっていないだろうか.

 

自己PRを作成することだけに集中していると,どうも内容がテンプレート化したり,話をまとめる方向に行ってしまいがちである.こういう時こそ,自分だけで自己PRを作成せずに,第三者の助けを借りてみたらいかがだろうか.自分でも気づかなかった考えを引き出してもらえるかもしれない.自分が何を考えて行動していたかというのは,一人ではなかなか掘り起こせないものである.話を聞いてくれる人との対話を通じて,自分の魅力を引き出してもらうのが良い自己PRを書くヒントになるのかもしれない.

 

先日,後輩から大手化学系メーカーの内々定をもらうことができたとの連絡が来た.先日の相談が何か手助けになっていたようなら幸いである.

製薬企業の研究員

 

製薬企業の研究員

 このブログを書いている僕は,とある国内の製薬企業の研究員として働いている.製薬企業の研究員には様々なバックグラウンドを持った人たちが働いているが,僕は特に「化学」を専門とした研究員だ.具体的には,医薬品の有効成分を化学合成する仕事をしている.製薬企業で薬の研究というと,マウスに薬を投与するような動物実験や,がん細胞の培養などを想像する人が多いように思うが,意外にもそれ以外の研究をしている人の方がはるかに多い.僕のような「マウスの解剖ができない」だとか「マウスに触れたこともない」ような研究員も大勢いるのだ.

研究員の仕事

 製薬企業の研究員の仕事は,当然薬の研究である.研究といっても一言で説明できるような単純なものではなく,「薬がどのように薬理作用を示すか調べる研究」「薬の副作用について調べる研究」「薬の有効成分である化合物をデザインして合成する研究」「薬の安定性や品質を調べる研究」「薬を錠剤や注射剤に製剤化する研究」など様々な仕事がある.どの研究もかなり専門性の高い仕事であり,一人前の研究員になるにはそれなりの期間を要するため,研究部署間での異動はあまり多くない.

研究員の学歴

 製薬企業は,高学歴な研究員がとても多い.企業の規模によってもだいぶ違うと思うが,感覚的には「旧帝・東工大・慶応・早稲田」で全体の8割ぐらいは占められているのではなかろうか.残りの2割は,名の知れた薬科大学と言ったところである.研究職の採用試験は,大学で行なっている研究をプレゼンをするのが一般的だが,所属している大学で,研究レベルが決まると言っても過言ではない.偏差値が高い大学の方が優れた研究をしているように見えるため,どうしても高学歴な大学から採用されやすくなってしまうのだろう.

 また,製薬企業の研究員は博士学位取得者の割合も高い.おそらく,あらゆる製造業種の研究員の中でダントツだと思う.採用年度によってばらつきはあるものの,毎年3〜5割程度の新入社員が学位を持っている.僕が入社した年は,同期の8割が博士学位取得者であった.他の製薬企業もおそらく似たような感じだろう.入社後に,論文博士として博士を取得する人も多い(最近は論文博士の取得難易度が高くなっているが...).

 研究員の待遇

 製薬メーカーというと給与が高いイメージがあるかも知れないが,確かに他のメーカーに比べると比較的,給料は良いかも知れない.売上が景気に左右されにくく,利益率が高い業界であるのがその理由の1つであろう.以前の記事でも書いたが,研究職は営業職などと違い,比較的自分のペースで仕事をすることができるため休みを取りやすいというメリットもある.

アカハラについて

 

アカハラとは?

 世の中には様々なハラスメントがある.パワハラ,セクハラ,ドクハラモラハラ...これらは上司とその部下のように「強者とそれに対して逆らえない弱者」という関係性から成り立っている.この関係性は,いまだ師弟関係が根強く残るアカデミックの世界にもあてはまる.研究室という狭くて小さな組織において,絶対的な権力を有する強者のスタッフ陣と,それに逆らうことができないポスドク・学生といった弱者の関係は,まさにハラスメントが起きうる環境なのだ.このようなアカデミック界におけるハラスメントのことを「アカハラ」と呼ぶ.

アカハラの例

 では具体的なアカハラとはどんなものがあるのだろうか? 代表的なアカハラ事例を3つに大別して見た.いずれもアカハラが横行する研究室でよく見られる事象である.

1.教育の放棄・研究の侵害

 研究室のスタッフ陣は,学生に教育的な指導を行う義務がある.また,学生にも良好な環境下での研究を遂行する権利がある.そのため「正当な理由なく研究の教育指導を行わない」「研究機器を使わせないなど研究の遂行を妨害する」「研究について人と相談することを禁止する」「研究データの改ざんを強要する」といった行為は,アカハラに該当する.

2.不当な評価や処遇

 スタッフ陣の昇格・昇給や,学生の単位・学位の認定は,本人の研究成果に基づき適切に行われなければならない.そのため「本人の望まない異動の強要」「正当な理由なく推薦状を書かない」「正当な理由なく単位を認定せず留年させる」「就職活動を禁止する」などといった行為はアカハラに該当する.これらは,スタッフや学生の社会的環境に大きな影響を与えるアカハラ行為である.

3.身体的または精神的な苦痛

 身体的な苦痛(暴力行為等)は論外として,アカハラで一番多いパターンが加害者による精神的な苦痛ではないだろうか.「些細なミスに対する大声での叱責」「人前・部下の前での叱責」「侮蔑的発言」「プライベートなことをしつこく聞く」「故意に人の人格・地位を貶める」などがこのタイプのアカハラに該当する.3つの中では最も,加害者側がアカハラだと認識していないタイプのアカハラだと思う.

アカハラで苦労しないために

 このようなアカハラ被害を避けるにはどうしたらいいの考えてみた.もし今現在アカハラで苦しんでいる人がいるのなら,何かの参考になれば嬉しい.

1番大切なこと

 まず1番大切なのは当然のことだが「アカハラ行為をする人がいる研究室に行くのを避ける」ことである.どんなに自分にとって魅力的な研究をしていようが関係ない.アカハラが蔓延しているような研究室では,まともな研究なんてできっこないのだから.好きな研究を好きなようにやらせてもらえなくなってしまう可能性さえある.そんな研究室に行くのは最初から絶対に避けるべきである.

2番目に大切なこと

 しかし,それでもアカハラ研究室に進んでしまう学生は少なくない.「入ってみるまで気づけなかった」「入るまでは大丈夫だと思っていた」というのもよくあるパターンである.もしそんな研究室に配属されてしまった場合は,どうすればいいのだろうか.まず考えなければならないことは「その研究室で卒業までアカハラに耐えれそうか」ということである.もしそのアカハラの環境下で,なんとか耐えれそうであるということであれば,卒業まで耐えた方がいい.動くことのない卒業という明確なゴールがある分,乗り切ろうというモチベーションも保つことができるだろう.卒業さえしてしまえば,今後の人生でアカハラ加害者と会うことなんてそうそうない.長い人生の内のほんの数年耐えればいいと前向きに考えるのだ.仲間内で愚痴を言い合って悩みを抱え込まないようにするといい.

3番目に大切なこと

 「どうしてもアカハラに耐えれそうにない」もしくは「アカハラに耐えたところで学位を取得できそうにない」ときに起こさなければならない行動は「逃げること」である.アカハラに耐えたところで卒業できなかったり,学位が取得できないのならば,その研究室に残る意味がない.アカハラ被害者と争うのは時間の無駄である.信頼できる同研究科の他の教授に相談して,なんとか研究室を移れないか画策しよう.おそらく他の教授も,アカハラ研究室の学生には同情的だろう.修士や博士に進学するのを契機に,うまく他の大学に進学するのも一つの手である.

最後に考えること

 研究室から逃げ出す方が大切だが「アカハラの訴えを起こす」のであれば,大学のアカハラ相談室や,学部・研究科のアカハラ担当の教授に相談することもできる.どちらに相談するのが良いかは,対応してくれる人たちの人間性によって変わってくる.アカハラ相談室の人は,訴えてきた学生をなだめるだけで終わってしまうなんてこともある.一方のアカハラ担当教授の先生は,あまり被害者の話を聞いてくれなかったり,直接アカハラ教授のところに「おたくの学生が訴えてきたけど」みたいに喋ってしまう人もいる.より問題解決に向いてそうな方を見極めて相談しにいった方がいい.

訴える際に大切なこと

 アカハラの相談をする際に大切なのは,加害者を陥れようとする意図を極力持たないようにすることである.加害者が明確な犯罪行為(研究費の不正使用,暴力行為,飲酒運転など)をしていない限り,大学の教職員をクビにするようなことはほとんどしない.アカハラの教育的指導の線引きも難しかったりする.訴えるのが社会に出たことのない学生ということもあり,学生の一方的な発言を鵜呑みにしてくれるようなことはない.どのようなアカハラをそれくらい受けているのか,客観的な事実を伝えるように気をつけなければならない.

僕の研究室の場合

 僕が所属している研究の教授も大学で結構有名なアカハラ教授だった.研究内容よりも,アカハラの内容で有名になってるような教授だった.僕は「なんとか卒業まで耐える」という選択肢を選んだが,卒業後に大学に訴えたりする学生もいた.学位取得を不安に思い,海外の研究室に移った学生もいた.何れにせよ,自分がアカハラ被害に対してどのような判断を下さなくてはいけないのか,よく考え実行に移ることが大切なのだろうと思う.

大学の研究室について

 

研究室とは?

 大学や大学院の研究活動は,「研究室」と呼ばれるグループを1つの単位として行われている.大学院には複数の「研究科」と呼ばれる組織が存在しているが,研究室とはこの研究科に所属して研究を行うグループのことである.研究科は,大学で言うところの学部のようなものであり,「工学研究科」や「薬学研究科」のように,学部の名前がついた研究科が多い.規模の大きい研究科の場合はさらに複数の「専攻」に分かれていることもあり,研究分野はとても細かく細分化されている.

 大抵の大学では,学部4年生になると所属学部の進学先の研究室に配属される.学部4年生で卒業する場合は1年間,大学院修士課程まで進む場合はさらに2年間,博士学位と取得を目指す場合はもう3年間,研究室に在籍することになる.博士を取得しようとすると実に計6年間も研究室に所属することになるのだ. 

研究室の構成メンバー

 研究室は主に3種類のメンバーによって構成されている.1つ目が「教授」「准教授」「講師」「助教」と呼ばれるスタッフ陣である.研究室の研究方針や,研究費の使用方法などを決め,学生への教育・指導が主な仕事になる.中でも教授は,研究室のリーダーかつ最高責任者であり,各研究室に基本的に1人しかいない.2つ目が,「ポスドク」である.ポスドクは博士学位を持った研究者のことであり,研究を推進してくれる重要な人材である.スタッフ陣とは違い,研究室から雇われている身であるため,運営に口を挟むことはない.3つ目が,大学院生を中心とした「学生」である.人数は,この3種類のメンバーの中で最も多い.研究を始めてからまだ数年しか経っていないため,スタッフ陣やポスドクの指導のもと研究の仕方を学んでいく.

 その他にも,教授をはじめとするスタッフ陣の秘書や,実験を行う研究室であれば技術補佐員などといったメンバーが所属している.

研究室の活動

 研究室にとって最も重要な活動は「論文作成」である.研究室で行なった研究の成果は,論文としてまとめ上げられ,国内外の専門誌に投稿される.専門分野によって異なるものの,論文は英語での作成が基本になる.一部の国内誌は日本語での執筆が可能であるが,日本語で書かれた論文は日本人しか読まない.そのため,世界中の人々に読んでもらいたいような重大な研究成果は,ことごとく英語で執筆され,国際的にも有名な専門誌で発表される.この論文数が研究室の業績・生産性そのものだといっても過言ではない.対外的にも論文数が,その研究室を評価する指標の一つになる.分野によっては論文の代わりに「特許」が業績になる場合もある.ただし,アカデミアは企業と違いあまり利益を追求することをしないので,どちらかといえば例外的である.

 研究者同士が直接会って研究について議論し合う「学会」への参加も研究室の大切な活動の一つである.論文を作成しているだけでは,生の研究者と直に会って研究の話をすることはなかなかできない.同じ研究室のメンバー同士で話すことはあるかもしれないが,どうも同じ研究室の人間同士の思考は似通ってくるので,斬新なアイデアは生まれにくい.研究において他者との議論で得られるひらめきやアイデアは,とても重要なものだ.学会で発表するということは,同じ研究領域の研究者からの意見を得られるだけでなく,研究室の業績にもなる.特に優れた講演者は優秀発表賞として表彰されることもあり,これもまた研究室の業績になる.

 

研究職の仕事内容

 

研究職ってどんな仕事?

 世の中には色々な職種の仕事がある.事務職,営業職,開発職...その中でも少し風変わりなものが「研究職」である.ほとんどの企業にはそんな職種ないだろうし,あったとしても開発と一緒になって研究開発職になってたりするところも多い.実際のところ一部の大手メーカーぐらいにしか研究職という職種は存在しないだろう.今回はこの研究職という仕事のことを少し紹介したいと思う.

研究職の特徴

1.仕事内容

 研究職の仕事は文字通り「研究」である.研究対象はその企業の業種によって様々だが,その企業の製品に関連した研究をすることになる.化学メーカーだったら化成品,製薬メーカーだったら医薬品,食品メーカーだったら加工食品の研究をするといった具合だ.大学のようなアカデミアの世界とは違って「基礎研究」を行う企業はほとんどない.どちらかといえばこれら基礎研究の結果を利用して,社会に役立つ製品を作る「応用研究」を行うことになる.そのため,学術的に興味があっても利益を生み出さないような研究は忌避されがちであり,大学ほど研究テーマの自由度はない.人によっては一度企業の研究職として働いたけど,なんかやっぱり違うと思って大学に戻るという人もいたりする.

2.勤務実態

 研究職には営業職などと違い,社外の顧客というものがいない.そのため顧客の要望で納期や仕事量が左右されることは少ない.強いていうなら社内プロジェクトの計画期限があるが,それでも社内の締切なので,多少期日が延期されても大きな問題にはならないこともある(競合他社が迫っているとかではない限り).仕事の進め方はチームや個人に任されることが多く,自分のペースで仕事を進めやすい.そのため他の職種に比べても休みを取りやすく,フレックス制度が採用されている企業も多い.働きやすい環境が揃いやすい職種であると言える.一方,外勤はほとんどなく,毎日似たような仕事を繰り返しがちであるため,仕事のメリハリが出ないというデメリットもある.

 職場で他社の人間と会うことは少なく,あったとしても実験機器のメーカーや委託先の会社の人がほとんどである.つまり,立場上こちらが顧客になるためそれほど社外の人間に気をつかう機会がない.そのため,スウェットで通勤する社員,髭を剃らない男性社員,すっぴんで出勤する女性社員など見た目に気をつかわない人が多い.要するに比較的マイペースで自由な職種なのである.

3.採用人数と対象者

 研究職としての採用人数は,ほとんどの企業で多くない.研究にはとんでもない額のお金が必要になるのである.大抵の企業も少数精鋭で研究を行なっており,採用されている人たちの学歴は社内でもトップクラスである.専門知識を必要とする職種であるため,大学院卒生が多く採用される傾向にあり,業種によっては博士卒も多く採用されている.関連する基礎研究を大学で行なっている人が採用されやすく,企業と大学の共同研究による縁故やインターンで内定者が決まることもある.

4.社内の異動

 企業の業種や方針にもよるが,研究職から営業や事務に異動になることはあまりない.研究で培ったスキルが,他部署で生きることはほとんどないためである.そのため,ずっと同じ事業所で働くことが多く,職場内での人間関係はどちらかといえば閉鎖的な傾向がある.同僚と人間関係が悪くなっても,同一企業内に研究所がいくつもあるわけではないので異動先が限られ,距離を置くことができないこともある.

5.勤務先

 研究職が働く事業所は主に「研究所」になると思うが,研究所は,設備に広い敷地が必要になったり,また産業廃棄物を出したりすることが多いため,あまり都市部に建てられることがない.そのため,周りに何もないような田舎や沿岸部の工場に併設されることになる.利便性の良い都市部のオフィスで働きたい人にとっては不向きかな職種かもしれない.

6.待遇

 研究職の待遇は他の職種に比べて特別いいというわけではない.ただし,研究職を採用するような企業は,研究所を所有するような大企業であることが多いので,前述した働きやすさとも合わせて,給与面では恵まれていることが多い.

まとめ

 最後に研究職のメリット,デメリットをまとめてみた.ただし,研究職の人たちは元々好きなこと(研究)を仕事にしている人たちなので,デメリットを強く感じている人はあまりいないと思う.向いている人にとってはとても気楽で楽しい仕事なので,研究者になりたい人は,研究職につけるように頑張ってみるといいかもしれない.

研究職のメリット

・研究方針を個人やチームの裁量で決められるため,自分のペースで仕事ができる.

・社外の顧客の要望によって,納期や仕事量を左右されない.

・比較的休みを取りやすく,自由な働き方ができる.

・社外の人間と会うことが少なく,見た目を気にする必要がない.

研究職のデメリット

・外勤がほとんどなく,毎日同じような仕事をするためメリハリが出ない.

・人間関係で問題が起きても,簡単に他部署に移動することができない.

・採用人数が少なく,採用されるためにはある程度の学歴と専門知識が必要.

・研究所の立地は郊外に多く,都市部での生活に憧れる人にとっては退屈.

 

*・・・今回紹介した研究職は,理系の民間企業で働く研究職で当て,大学や国の研究機関で働く研究員や,文系の研究職の人たちのことではないので,ご留意ください.

 

博士の民間企業への就活

 

博士の民間就職の実情

 博士取得者の就職先の1つとして「民間企業の研究職」がある.研究開発に力を入れている一部メーカーは,数こそ多くないものの一定数の博士学生を採用しているのだ.ただし,この場合の博士とは高度な専門知識を有する工学,理学,農学といった理系博士のことであり,文系博士のことではない.(文系博士の民間就職は,正直なところ闇が深い.)これらの理系博士は,ある特定領域における研究のスペシャリストであるために,企業とのマッチングによっては就活が非常に有利になる.

 例えば「腫瘍免疫」の研究を行っている学生は,製薬メーカーの研究職として採用される可能性があるだろう.しかし,同じ博士学生でも「深海生物」の研究をしている学生を研究職として採用したいという企業は,おそらくどこにもいない.学生本人の研究スキルの問題ではない.扱っている研究テーマが,企業としての魅力的かどうかの問題である.残念なことだが,ビジネスとして成立しない研究分野に企業は投資をしてくれない.上の例でいうといくら「深海生物」に詳しくても,その知識を活かしてお金儲けができなければ,企業は採用してくれないということである.博士取得後に民間企業での研究職を目指すのであれば,博士過程で扱う研究テーマが,「企業から見て投資価値があるかどうか」を気にした方がいいだろう.さもないと就活でとても苦労することになる.

博士の就職活動について

 博士の就職活動は,意外にも学部生や修士卒の学生がする就職活動とそんなに変わらない.普通に就活サイトの会員登録もするし,企業のホームページからプレエントリーして,エントリーシートを作成し,SPIなどをこなしながら,面接を受けることになる.二十代後半にもなって「学部生時代に部活は何をしていましたか?」「学生時代に一番打ち込んだものはなんですか?」みたいな質問に答えなくてはいけない悲しさといったらない.一体何年前のことを聞きたがっているんだ...

  そもそも博士学生を採用してくれる企業は多くない.しかも採用人数も多くない.企業にもよるが,同期入社の研究職の中に博士学生が1人いるなーぐらいな感覚だ.博士を採用する気がない企業にエントリーシートを出しても,ひたすら落とされ続けることになる.毎年コンスタントに博士学生を採用してくれている実績のある企業を選ばなければならない.

 企業によっては,博士学生の募集タイミングが他の就活生よりも早かったりするので,学部生や修士生と同じタイミングで就活を始めると,どこもすでに博士募集を終えているなんてこともあるので注意が必要だ.特に,博士学生は就活をする同期が周りにいないことが多く,情報を共有できる相手がいないためにこんなことが起きやすい.

 博士学生の就活で一番辛いのは,研究と就職活動の両立である.研究時間を確保しなければならない一方で,いつ決まるかは分からない就活を続けるのは正直いって辛い.研究成果を出さなければいけないプレッシャーは,学部生や修士生の比ではない.

企業での博士学生の待遇は? 

 博士に対する待遇も企業によってまちまちだ.どちらかといえば中小企業よりも大企業の方が,博士学生の待遇がしっかりしている.基本的には博士学生の方が修士卒よりも基本給が高く,職務等級も上になることが多い.いただし一部の企業では,博士学生が新卒ではなく中途採用扱いだったりすることもある.こういう企業はそもそも博士学位があるかどうかをそれほど評価していない.「前職は大学の研究員だったんですねー」みたいな感覚なのだろう.修士学生を募集していたけど,人数の兼ね合いから博士学生が採用されるケースもある. 

民間企業から求められる博士の能力

 民間企業で研究職として働く博士に求められる能力は,主に「専門知識」と「研究推進力」の2つである.この2つが修士学生と同レベルな博士学生は間違いなく採用されない.修士学生の方が高い給料を払わなくて済むし,若いうちから社内で育てることができるからだ.博士が博士たるこの2つの能力は,博士の間にトレーニングしておきたい.しかし難しいところは,どれだけ優れた「専門知識」を持っていても,企業がその専門性に投資価値を感じてくれないこともあるということである.この点は,博士の採用に非常に重大なポイントになるだろう.

ここだけの話,実は博士学位を取得できなくても...

 正直,民間企業は「博士学位」の有無をそこまで重視していない.それも考えてみれば当然で,仕事のできるできないが博士学位の有無によって決まることはないのである.大学では1人ずば抜けた研究能力だけあれば評価されるかもしれないが,企業ではプロジェクトメンバーとコミュニケーションをうまく取り,他部署と足並み揃えて連携していく能力の方が評価されるかもしれない.

 しかし,逆にいえば採用する博士学生が,学位を取得するかどうかにあまり関心がないということである.博士を採用する企業は「入社する前までに学位取得すること」と定めていることが多いが,実際に学位を取得できなくても内定が取り消されることはほとんどない*(給料が下がることもほとんどない).企業は毎年,新入社員を何人採用するかある程度決めている.学位取得できなかった博士学生のせいで,入社直前に新入社員が減るのは企業としても困るのだ.

 つまり,極論を言ってしまえば「博士学位を取得したけど就職先が決まっていない人」よりも「博士学位は取得できなそうだけど就職先は決まっている人」の方がよっぽどマシなのである.博士学位を取得できなくても,博士に3年間在籍していれば「博士課程満了」という扱いになる.学位に強いこだわりがなければ,内定をもらって博士課程を満了すれば,良い悪いはともかくとして大学院を卒業できることになる.

* あくまで内定が取り消されることが少ないというだけの話であって,学位取得することを前提に採用されているわけなので.学位取得できなそうなら早めに,採用担当とよく相談した方がいいのは間違いないですけどね.

学歴ロンダの手順

 

学歴ロンダをしたい人へ

 自分の研究スキルを高めるために,はたまた就活を有利に進めるために,今よりレベルの高い大学院へ進学する人は多い.いわゆる学歴ロンダと呼ばれる人たちである.大学院の進学は,基本的に同じ大学に進学するよりもはるかに簡単であることが多い.外部からの進学をめざす学生にとっては,とてもありがたい状況である.

 しかし院試の仕組みをよくわかっていと,この学歴ロンダはうまくいかない.院試勉強の時間を確保できなかったり,今いる大学の指導教官と進路について揉めたりするためである.ここでは,学歴ロンダにおける注意点と,その手順について個人的な考えをまとめておこうと思う.

1.進学したい大学院,研究科,研究室を選ぶ

 まず最初にしなければならないことは,当たり前のことだが,進学したい大学院・研究科と所属したい研究室を選ぶことである.「とにかく〇〇大学の大学院に進学したい!」みたいな,大学のネームバリューで選ぶのも一つの手ではある.しかし,それでもどの大学院を選べばいいか迷っているような人は,自分が関心のある研究テーマをいくつかピックアップして,大学名と一緒にネットで検索するといい.今時どこの大学院や研究室でも独自のホームページを持っているので,きっと自分がしたい研究をしている研究室を見つけることができるだろう.自分で調べる自信がない場合は,先輩や研究室のスタッフに,オススメの研究室について相談してもいい.

 気をつけなければならないのは,仮に希望の大学院・研究科に進学することができたとしても,希望する研究室に配属されるかどうかは分からないということである.人気のある研究室は,院試の成績順で配属者が決まる場合もあるため,第2,第3希望の研究室に配属されてしまうこともありうる.第3希望以内の研究室だったら,どこでもOKというような大学院・研究科を選ぶと失敗しない.

2.試験日程を確認し,進学までのスケジュールを立てる

 行きたい大学院や研究室が決まったら,次にすることは入学のスケージュール立案である.大学受験とは違って,大学院の院試は決まった時期に実施されるものではない.大学院によってお盆前だったり,正月明けだったりとまちまちである.学部4年生になる前に目星をつけていないと,受験できないような試験日程が組まれている大学院もあるかもしれない.「いつから本命の院試勉強を始めるか?」「もし院試に落ちた場合の滑り止めはどうするか?」ということを考えて,学部4年生のスケジュールを考えておくといい.できるだけ早い段階で,自分の進路の希望順を明確にしておく必要がある.

3.指導教官に対して外部進学の意思を伝える

 場合によっては,一番気を遣う必要があるのがこの指導教官への報告である.指導教官が,外部進学に肯定的な考え方をしてくれる人だったり,進路相談に親身になってくれる場合は,特に問題なく報告することができる.しかし,指導教官によっては,外部進学を「この研究室に何か不満があるのか?」と穿って捉えてくる人もいるだろう.確かに研究室運営の観点から見れば,研究を進めてくれる労働力たる学生の人数が減るのは,研究室にとってはマイナスである.

 指導教官の性格にもよるため,外部進学を切り出すタイミングは難しいところであるが,個人的にはなるべく早い段階で伝えた方が良いと思う.前もってそういう意思を持っている学生だということを分かってもらっていた方が,指導教官も柔軟な対応を取りやすい.外部進学した後も,同じ分野の研究を続ける場合は,学会などで顔をあわせることもあるだろうから,なるべく揉め事を起こさないように卒業できるのがベストだ.

4.進学先の院試説明会への参加

 大体の大学院では,大学院説明会というものが院試の2ヶ月前ぐらいに開催される.この説明会には可能な限り参加しておいた方がいい.院試に関わる情報だけでなく,研究室見学会が開催されることがあるからだ.実際の研究室の雰囲気や,研究スタッフに進学する意思を伝えることができる貴重なチャンスである.研究室のメンバーと顔見知りになっておけば,今後その研究室に配属されることになった時にも,どんな人たちがいるのだろうと不安に思わなくても済む.

 優しい研究室であれば,過去問や,出題傾向,勉強するといい教科書についても教えてくれることもある.外部進学者は内部進学者と違って,こと情報戦に関してはめっぽう不利なので,積極的にアドバイスをもらえるように聞いて周るといい.外部進学者に対して優しくしてくれるか心配する人が多いと思うが,大抵は思っている以上に親切である.(ただし,同じ試験を受ける同学年のライバルたちは,少しピリピリしているかもしれない.定員オーバーしているような外部からも人気のある研究室だったらなおさら.)

5.院試対策

 ここまでの準備が済めば,あとは試験に合格するだけである.大学院にもよるが定員割れしているような研究科なら,正直よっぽど酷くない限りまぁ合格するだろう.偏差値が10ぐらい離れている大学からでも合格する人もいる.(複数受験が可能な院試は,滑り止めで受ける人も少なくないので倍率が高くなることもあるが,気にしない,気にしない.)内部進学者は,問題を作成する教授陣の講義を受けているため,出題傾向を把握しやすいという点で有利である.ただそれでも試験というからには,そこまでひどい試験範囲が大きく偏ることはないだろうから,研究室見学会で入手した情報があれば十分に戦えるだろう.

最後に

 学歴ロンダは,事前準備をしっかりとしさえすれば,決して難しいことではない.むしろ,学歴ロンダにとって最も大変なのは進学後である.院試に合格したからといって,内部進学者と同等レベルの研究能力をもっているかといえば決してそんなことはない.おそらくまだまだレベルの隔たりはあるだろう.進学を決めた時のモチベーションを保って卒業まで研究を続けて欲しい.